上垣守国

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上垣 守国(うえがき もりくに、宝暦3年(1753年) - 文化5年8月19日(1808年10月8日)[1][注釈 1])は、江戸時代中期から後期にかけての養蚕家[2]、蚕種商人[1]。通称は伊兵衛[2]、号は仙栄堂[2]。

経歴・人物

但馬養父郡蔵垣村(現・兵庫県養父市)の庄屋の家に生まれる[2]。奥州など各地に蚕種の仕入れに出掛け、但馬種の蚕を創出した[1][2]。享和2年(1802年)に著した『養蚕秘録』は最も代表的な江戸時代の養蚕書である[1]。同書はシーボルトによって持ち出され『Yo-san-fi-rok』として翻訳出版された[3]。

著書

顕彰施設

脚注

注釈

  1. ↑ 生年については宝暦元年(1751年)説があり[1]、没年月日を文化5年8月15日(1808年10月4日)とする資料もある[2]。

出典

  1. 1 2 3 4 5 朝日日本歴史人物事典(朝日新聞社)『上垣守国』 - コトバンク
  2. 1 2 3 4 5 6 デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)『上垣守国』 - コトバンク
  3. ↑ CiNii 図書 - Yo-san-fi-rok : l'art d'élever les vers à soie au Japon2023年7月20日閲覧

関連項目

外部リンク