上村清延

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1953年

上村清延(かみむら きよのぶ、1879年(明治12年)1月23日 - 1957年(昭和32年)11月1日)は、日本のドイツ文学者。現代ドイツ文学を専攻。東洋文学・思想のドイツ文学への影響を研究。

生涯

鹿児島県徳之島出身[1]。東京帝国大学独文科卒。1943年「近代独逸文学と東洋」で九州帝国大学文学博士。第七高等学校教授、第一高等学校教授、旧制浦和高等学校教授、日本大学教授。1950年定年退任。墓所は青山霊園(1イ3-1)。

人物

帝大時代には小山内薫、武林無想庵、吉田白甲らと同人誌『七人』を創刊し、同人の川田順によると、植村は樋口一葉に傾倒し、「にごりえ」「たけくらべ」は全部暗記していた[1]。

著書

編著
  • 『獨逸思想界の偉人 2』編 郁文堂書店 1930

翻訳

参考サイト

脚注

  1. 1 2 『葵の女』川田順、講談社、昭和34年、p52