上條雍彦
上條 雍彦(かみじょう やすひこ、1921年 - 1979年7月16日[1])は、日本の解剖学者、歯学者。専門は口腔解剖学。1951年(昭和26年)に東京歯科大学解剖学講座を開設し、歯の発生・萌出・形態、頭頸部の肉眼解剖学、顎顔面領域の臨床解剖学などの教育・研究に従事した。代表的な著書に『日本人永久歯の解剖学』『図説口腔解剖学』がある[2][3]。
資料によっては「上条雍彦」とも表記される。国立国会図書館の典拠では「上条雍彦(1921-1979)」として登録されている[4]。
経歴
歯科医の息子として、神奈川県横浜市に生まれる[1]。旧制横浜第一中学校を経て、東京歯科医学専門学校を卒業した。その後、熊本医科大学へ進学し、1946年(昭和21年)9月に医学士となった。同大学では解剖学教室に助手として残り、解剖学の研究に従事した[5]。
1951年(昭和26年)に東京歯科大学へ赴任し、解剖学講座を開設した。東京歯科大学は、同講座について、上條による開設以来、マクロ解剖学を臨床の基盤と位置づけ、「臨床に役立つ解剖学」を教育・研究の柱としてきたとしている[2]。
上條のもとでは、歯の発生・萌出・歯根形成、胎児期の顎骨と歯胚、歯の形態、頭頸部の肉眼解剖学、さらに歯科臨床に関連する局所解剖学など幅広い研究が行われた。
1979年(昭和54年)に死去した。同年には『歯界展望』に上條を主題とした追悼記事が掲載された[6]。
1981年(昭和56年)には、上條雍彦教授業績集刊行委員会によって『上条雍彦教授業績集』が刊行された。同書は433頁からなり、上條の肖像を収録している[4]。
研究
歯の発生・萌出と形態
上條の主要な研究領域の一つが、歯の発生、萌出、歯根形成および歯の形態に関する研究であった。
1951年に東京歯科大学へ赴任して以降、上條らの研究グループは乳歯および永久歯について大規模な形態学的調査を行った。1961年に発表した「乳歯が発生し, 成長しそして消失するまでの変化のあゆみについての肉眼解剖学的研究」では、それまで約10年間にわたって行われた研究を総括している[7]。
同論文によれば、上條らは学童約2万人を対象として永久歯の萌出状態を調査し、その逐年的変化を研究した。また約600人の学童についてX線撮影を行い、永久歯の歯根形成および石灰化の進行を追跡した[7]。
乳歯については、乳幼児約3,000人を対象として萌出状態を調査したほか、胎齢5か月から9か月までの胎児約150体について、顎骨、歯小嚢、歯胚などの発育を肉眼解剖学的に観察した。さらに乳歯の歯根形成、吸収、動揺、脱落と、後継永久歯との関係などについても検討した[7]。
上條は、これら一連の研究を乳歯が発生し、成長し、最終的に脱落するまでの形態的変化を連続的に把握する試みとして位置づけていた。同時に、これらは1951年以降の東京歯科大学解剖学教室における研究活動の主要な柱となった[7]。
同研究には、永久歯萌出、乳歯歯根形成、胎児下顎骨、胎児期の歯小嚢、乳歯歯根吸収、歯髄腔、歯胚の位置・配列および石灰化など、多数の関連研究が含まれていた[7]。
永久歯の解剖学
上條は日本人の永久歯の形態について体系的な研究を行い、その成果を1962年(昭和37年)に『日本人永久歯の解剖学』として刊行した[3]。
同書では、日本人の永久歯について、各歯種の形態、歯冠および歯根の特徴などが体系的にまとめられた。東京歯科大学解剖学教室版のほか、地人書館やアナトーム社からも刊行された[3]。
『日本人永久歯の解剖学』に示された歯の形態に関する記載や計測値は、その後の歯の形態学、歯列、咬合、埋伏歯などを扱う研究でも参照されている。
頭頸部の肉眼解剖学
上條の研究・教育は歯そのものに限定されず、口腔を中心とした頭頸部全体の肉眼解剖学に及んだ。
頭蓋骨、筋、血管、神経、内臓などについて系統的な解剖学的整理を行い、その成果は『図説口腔解剖学』としてまとめられた。同書は「骨学」「筋学」「脈管学」「神経学」「内臓学」の各巻から構成されている[8]。
各巻では、口腔および頭頸部の解剖学が系統的に整理され、歯科臨床との関連を意識した構成が採られた[8]。
臨床解剖学
上條は、肉眼解剖学の知見を歯科臨床へ応用する臨床解剖学を重視した。研究対象は歯や顎骨などの硬組織に限られず、口腔周囲筋、顔面軟組織、口腔粘膜などにも及んだ。
1960年代には、東京歯科大学で松宮誠一らによる歯槽膿漏症の発病機序に関する研究が行われるなか、上條も解剖学的立場から歯肉の血管分布と歯槽膿漏症との関係を研究した。1967年には鈴木和夫との共著で「歯齦の栄養動脈特に歯槽膿漏症発病との関係」を発表している[9]。
1974年には「臨床解剖学の立場からみた咀嚼・嚥下運動時の顎・顔面・口腔粘膜の形態変化について」を発表し、咀嚼・嚥下時における顎顔面および口腔周囲組織の形態変化について検討した。
その第2報では、表情筋とモダイオラスについて、補綴学との関連から解剖学的検討を行った[10]。
こうした研究は、口腔周囲筋や顔面軟組織を単なる解剖学的構造として記載するのではなく、咀嚼、嚥下などの口腔機能や補綴治療との関連から検討するものであった。
とくに表情筋やモダイオラスについては、口唇・頬の形態や運動との関連、さらに義歯や補綴装置との関係について臨床解剖学的な検討が行われた[10]。
また、上條の著作『図説口腔解剖学』では、骨、筋、血管、神経、内臓などの系統解剖学的記載に加えて、局所解剖や臨床との関連を意識した構成が採られていた[8]。
東京歯科大学解剖学講座は、上條による1951年の講座開設以来、マクロ解剖学を臨床の基盤と位置づけ、「臨床に役立つ解剖学」を教育・研究の柱としている[2]。
著作
『日本人永久歯の解剖学』
1962年(昭和37年)に刊行された『日本人永久歯の解剖学』は、上條による歯の形態学研究を体系化した著作である[3]。
同書では、日本人の永久歯について歯種ごとの形態的特徴がまとめられ、歯冠、歯根、歯の形態的変異などについて記載された。
同書は東京歯科大学解剖学教室から刊行されたほか、地人書館、アナトーム社からも刊行され、その後も歯の形態学に関する研究や教育で参照された。
『図説口腔解剖学』
『図説口腔解剖学』は、上條の代表的著作の一つであり、口腔および頭頸部の解剖学を体系的にまとめたものである[8]。
同書は「骨学」「筋学」「脈管学」「神経学」「内臓学」の各巻から構成され、骨格、筋、血管、神経、内臓などについて口腔および頭頸部を中心に記載している。
1960年代に各巻が刊行され、上條の死後も改訂が続いた。1990年代には第3版が刊行されている[8]。
このように、上條の死後も長期にわたって改訂・刊行が続いた。
主な著書
教育と東京歯科大学解剖学講座
上條は1951年に東京歯科大学解剖学講座を開設した[2]。
同講座では、人体の肉眼解剖学を歯科臨床の基礎として位置づけ、頭頸部を中心とした解剖学教育と研究が行われた。
東京歯科大学は、上條による講座開設以来、臨床との関連を重視したマクロ解剖学を教育・研究の柱としてきたとしている[2]。
上條の教室には鈴木和夫らが在籍した。鈴木は1959年に東京歯科大学解剖学教室へ入り、助手、講師、助教授を経て、岩手医科大学歯学部教授となり、1972年には松本歯科大学口腔解剖学第2講座の初代教授に就任した[13][14]。
上條の死後、東京歯科大学解剖学講座は1984年(昭和59年)に井出吉信、2011年(平成23年)に阿部伸一へ継承された[2]。
同講座では、その後も頭頸部を中心とするマクロ解剖学と歯科臨床を結びつける教育・研究が続けられている[2]。
後世への影響
上條による歯の形態学的研究や頭頸部の臨床解剖学的研究は、その後の歯科医学における形態学研究や臨床研究でも参照されてきた。
とくに『日本人永久歯の解剖学』にまとめられた日本人永久歯の形態に関する記載や計測値は、歯の形態、歯列、咬合、埋伏歯などを対象とする後年の研究において参考資料として利用されている。
また、『図説口腔解剖学』は上條の死後も改訂が続き、1990年代まで新版が刊行された[8]。
東京歯科大学解剖学講座においても、上條が講座を開設した1951年以来、マクロ解剖学と臨床との関連を重視する教育・研究の理念が継承されている[2]。
脚注
出典
- 1 2 『東筑摩郡・松本市・塩尻市誌 別篇 (人名)』東筑摩郡・松本市・塩尻市郷土資料編纂会、1982年、p.138-139。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 “解剖学講座”. 東京歯科大学. 2026年10月15日閲覧。
- 1 2 3 4 5 “日本人永久歯の解剖学”. 国立国会図書館. 2026年10月15日閲覧。
- 1 2 “上条雍彦教授業績集”. 国立国会図書館. 2026年10月15日閲覧。
- ↑ 榊原悠紀田郎「栃原義人先生の足あとを追う」『日本学校歯科医会会誌』第51号、1984年、68-70頁、2026年10月15日閲覧。
- ↑ Onda S (1979). “In memoriam: Professor Yasuhiko Kamijo”. Shikai Tenbo 54 (4): 703-704 2026年10月15日閲覧。.
- 1 2 3 4 5 上條雍彦「乳歯が発生し, 成長しそして消失するまでの変化のあゆみについての肉眼解剖学的研究」『歯科基礎医学会雑誌』第3巻第1号、1961年、23-30頁、doi:10.11506/joralbiosci1959.3.23、2026年10月15日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 “図説口腔解剖学”. CiNii Books. 2026年10月15日閲覧。
- ↑ 上条雍彦、鈴木和夫「歯齦の栄養動脈特に歯槽膿漏症発病との関係」『日本歯周病学会会誌』第9巻第2号、1967年、59頁、2026年10月15日閲覧。
- 1 2 上條雍彦「臨床解剖学の立場からみた咀嚼・嚥下運動時の顎・顔面・口腔粘膜の形態変化について(その2)表情筋とモダイオラスの補綴学的意義について―臨床解剖学の研究から―」『歯科学報』1974年、1491-1500頁、2026年10月15日閲覧。
- ↑ “頭蓋骨”. CiNii Books. 2026年10月15日閲覧。
- ↑ “鈴木和夫”. 日本口腔インプラント学会認定講習会. 2026年10月15日閲覧。
- ↑ “解剖学講座”. 松本歯科大学. 2026年10月15日閲覧。