下品下生
ウィキペディアはオンライン百科事典であって、辞書や字引、用例集ではありません。 |
この項目の現在の内容は百科事典というよりは辞書に適しています。 |
下品下生(げぼんげしょう)は、仏教においての概念。
概要
能力や資質の劣った者が極楽浄土に生まれるという、その生まれ方。そのような者が生まれることとなる浄土のこともいう[1]。法然や親鸞が私たち凡夫の姿であるとした事柄である。阿弥陀如来はこのような私たちを慈しんで摂取不捨の誓いを建て、私たちはその本願に頼むしかないと説いたとのこと[2]。『観無量寿経』で九つの品が書かれているのだが、そこで最後に書かれている一番下の位のことである。五逆や十悪ほどの罪を犯した者が、命が終わるときに善知識に出遭うのであるが、そのような者が仏を心に思い浮かべることもできないまま名号を口に唱えて、十念の念仏によって往生することとのこと[3]。『観無量寿経』では下品下生に位置付けられた極悪最下の凡夫について述べられている。その凡夫は臨終の間際に現れた善知識の勧めをことごとく断る。その凡夫は自らを最も正しいと思い込み、怒りや腹立ちや妬みなどの心に命を焼かれ、欲望の心に命を溺れさせるようなむなしい世界に生きる者とされる。この凡夫にはどのような言葉もむなしく聞こえており、それが自らを救うような言葉だとしても、自らの強い我が邪魔をして気付かせないとのこと。浄土真宗の教えを頂く者にとって大切なことは、親鸞はこの極悪最下の凡夫を自らのこととして味わっていたこととのこと。下品下生とは自らの姿を示すものとのこと[4]。現代ならば大抵の人は下品下生に該当し、仏教の視点で見ればどうしょうもない悪人となるとのこと。仏教を悪く言ったり、肉や酒を食したり、少しでも嘘や汚い言葉を言うだけで駄目であるため、大体の人は下品下生に該当するとのこと[5]。
脚注
- ↑ 日本国語大辞典, デジタル大辞泉,精選版. “下品下生(ゲボンゲショウ)とは? 意味や使い方”. コトバンク. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “大阪市平野区真宗大谷派瑞興寺-親鸞聖人の生涯第31回-”. www.vows.jp. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ 藤本弘信 (2026年9月9日). “下品下生(げぼんげしょう)とは?意味と九品での位置”. 明るいお寺 専明寺(下松市). 2026年10月18日閲覧。
- ↑ “ただ口に無量寿仏(阿弥陀仏)のみ名を称えなさい | 正法寺 | 山口県山口市江崎 浄土真宗本願寺派 正法寺”. 正法寺 | 山口県山口市江崎 浄土真宗本願寺派 正法寺. 2026年10月18日閲覧。
- ↑ mantokujizl (2024年8月22日). “【どうしようもない悪人の救済】『観無量寿経』の「下品下生」”. 浄土真宗大谷派・万徳寺. 2026年10月18日閲覧。