中小路家の家祖で、菅原氏の一族とされる。宗則は菅原道真が太宰府に左遷された際に従い、903年(延喜3年)に道真が没した後は京都に戻り、道真から与えられた木像を現在の長岡京市に祠として建立し、後に長岡天満宮として創建した[1]。
916年(延喜16年)、死去。宗則の没後、中小路家は長岡天満宮の神主を代々の当主が務めており、長岡天満宮の境内には宗則の末裔である中小路宗城と中小路宗康の銅像が建立されている[2]。
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