中川 万之丞(なかがわ まんのじょう、1838年5月19日 - 1912年5月25日)は、易者。喜多方市出身[1]。

概要

呪法、易学、宿曜道、民間療法などに通じていた[1]。治療は無料で行っていた[1]。霊視能力があったという[1]。子どもはいなかった[1]。弟子は取らなかった[1]。妹の子・幸吾が二代目万之丞を名乗った[1]。三代目はいなかった[1]。

武田惣角研究家の高久達英(池月映)は、大東流合気柔術の祖・武田惣角は、中川から修験道の合気の術を学んだとしており、武田や流派が伝える伝承の師匠(渋谷東馬・榊原鍵吉・西郷頼母ら)を疑問視している。この説は津本陽の小説にも取り入れられた[2]。しかし、大東流では渋谷・榊原・西郷に師事したとしており、中川の名は見えない[3]。

参考文献

脚注

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  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 『季刊 会津人群像 第46号』歴史春秋出版。
  2. ↑ 高久達英(池月映)『大東流史実と合気の意味の研究』
  3. ↑ 「大東流合気柔術本部 大東流の歴史」

関連項目

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