| なかむら ぶん 中村 ブン | |
|---|---|
| 本名 | 中村 俊男 |
| 別名義 | 中村 俊男(旧芸名) |
| 生年月日 | 1950年2月10日(74歳) |
| 出生地 |
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| ジャンル | 俳優、シンガーソングライター |
| 活動内容 | 1969年 - 現在 |
| 主な作品 | |
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『どっこい大作』(1973年) 『たんぽぽ』(1976年 - 1977年) | |
中村 ブン(なかむら ぶん、1950年2月10日[1][2] - )は、日本の俳優・シンガーソングライター。本名および旧芸名は中村 俊男[1][2]。生年は1948年ともされる。
福島県白河市出身[2][注 1]。攻玉社商業高等学校卒業[1][2]。劇団日本児童[1]、東京小劇場[1]を経て、ゼロ音楽[3]、テアトル・ド・ポッシュに所属していた[1]。
3人兄弟の次男(兄と弟が居る)[2]。最初は児童劇団に所属し[2]、東映制作のテレビドラマ「柔道一直線」 で俳優デビュー[2]。その後も俳優として多くのテレビドラマ、映画に出演。なお、最初は本名の中村俊男を芸名として活動していたが、ある時に中村雅俊と間違えられて恥をかいたこともあり、自らも出演したテレビドラマ『たんぽぽ』の役名「文吉(ぶんきち)」にあやかり、「日本国内に無さそうな名前」であることから「中村ブン」に改名した[2][4]。
『ミラーマン兄弟』の企画段階でミラーレッド/鏡拓也に決まっていた他、『ジャンボーグA』では風間一平役で出演している。しかし当初は中村が立花ナオキ役として衣装合わせも済ませていたが、クランクイン直前にスポンサー対策で立花直樹に変更されたと『ウルトラマンAGE』のインタビューで語っている。
シングル曲「かあさんの下駄」 が「土曜ほっとタイム」(NHKラジオ第1放送)「イルカのミュージックハーモニー」(ニッポン放送)などで紹介されたのをきっかけに反響を呼び、2007年に同曲が再リリースされた[5]。また、中村が製作した「欽ちゃんのどこまでやるの!?」テーマ曲「想い出して下さい」は1990年度から中学3年生の音楽教科書にて採用。この他にも、校歌、応援歌などの作詞・作曲を数多く手掛ける[5]。
| 発売日 | 面 | タイトル | 作詞 | 作曲 | 編曲 | 規格 | 規格品番 |
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| ワーナー・パイオニア / Elektra | |||||||
| 1977年4月25日 | A | 花泥棒に行きましたね | 中村ブン | 千代正行 | EP | L-79E | |
| B | レコードって一枚いくらするんだい | ||||||
| 1978年4月25日 | A | カモメ | 中村ブン | 千代正行 | EP | L-214E | |
| B | 少しは涙を流してみろよ | ||||||
| 1978年11月25日 | A | 冬 | 中村ブン | 石川鷹彦 | EP | L-247E | |
| B | かぜ | ||||||
| 1979年11月 | A | かあさんの下駄 | 中村ブン | 渡辺勝 | EP | L-326E | |
| B | 貧しいけれど | ||||||
| A | 雷おやじ | 中村ブン | 千代正行 | EP | TPW-001 | ||
| B | 渋谷でのんだくれてる | ||||||
| テイチクエンタテインメント | |||||||
| 2008年5月11日 | 1 | かあさんの下駄 | 中村ブン | CD | TECA-12142 | ||
| 2 | 仕立物承り | ||||||
| 2012年9月12日 | 1 | ぼけ経 | CD | UICZ-5056 | |||
| 2 | 雷おやじ | 中村ブン | |||||
| 2016年11月23日 | 1 | 風花の頃 | CD | FBCM-208 | |||
| 2 | 風に吹かれて | ||||||
| 発売日 | アルバム | 規格 | 規格品番 |
|---|---|---|---|
| ワーナー・パイオニア / Elektra | |||
| 1977年 | とり残されて
※ 作詞・作曲:中村俊男、編曲:千代正行 ※ LP時は中村俊男名義で、CD時は中村ブン名義 A面
B面
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LP | L-10072E |
| 1989年6月25日 | CD | 22L2-82 | |
中村ブンベスト/冬のあとはいやでも春~ベスト 週刊欽曜日
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CD | PCL-508 | |
| 中村ブンコンサートあした元気になあれ
Disc1
Disc2
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CD | ||
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CRITICAL
PQS B79