中沢 琴(なかざわ こと、天保10年(1839年)頃[注釈 1] - 1927年(昭和2年)10月12日[1])は、現在の群馬県出身で新徴組に参加した法神流の女剣士[2]。兄は新徴組隊士の中沢貞祇[2][3]。
上野国利根郡利根村穴原(現在の群馬県沼田市利根町穴原)生まれ[2]。幼少から剣術、とくに長刀に優れ、文久3年(1863年)、浪士組に参加する兄に従い男装して京へ上り、のち新徴組に参加、各地を転戦した[1][4]。当時の女性としては高身長の170 cmで、男装していれば娘たちに惚れられて困ったと伝えられる[4]。
自分より強い者と結婚すると決め、結局現れなかったため生涯独身で過ごした[1]。
1927年(昭和2年)10月12日死去[1]。琴の墓は生まれ故郷の利根町穴原にあり、多くの歴史ファンが訪問している[3]。
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