中部新次郎

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中部 新次郎(なかべ しんじろう、1917年10月9日 - 没年不明)は、プロ野球チーム・横浜大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)の元オーナー。

経歴・人物

山口県下関市出身[1]。早稲田大学専門部商科を経て[1]、1942年に水産講習所を卒業後、大洋漁業の前身である林兼商店に入社[1][2]。大洋漁業下関支社営業部長、営業本部長などを歴任し、1973年から副社長を務めた[2]。中部謙吉の死去に伴い、1977年から横浜大洋ホエールズのオーナーに就任した[1][2]。

1987年に古葉竹識が監督に就任し、その披露パーティーでたけし軍団に因んで、「竹識軍団となってばく進せよ!」とスピーチした[3]。

1990年のシーズンをもって、オーナーを退任[4]。

同社の軟式野球部で投手、遊撃手としてプレーしたことがある[2]。

脚注

  1. 1 2 3 4 1988年 1月26日 朝日新聞 朝刊 P21
  2. 1 2 3 4 1977年1月29日 読売新聞 朝刊 P15
  3. ↑ 「胴上げは勝ってからするもんだ」古葉竹識さんが勝つことを知らない大洋ホエールズに残したもの | 文春オンライン文春オンライン 2021年 11月21日
  4. ↑ 1990年 3月21日 読売新聞 朝刊 P21