主殿寮は内裏における消耗品の管理・供給を主な職掌とした。特に施設管理業務には人手がかかったため駆使丁や今良など大量の人員を擁した。掃部寮と職掌が重なる部分もある。808年(大同3年)には官奴司を併合して官奴婢・官戸の管理も行った。同様の官司として春宮坊の主殿署、後宮の殿司、斎宮寮の殿部司などがある。
「とのも」の名は、御殿(との)の管理を役職とする主殿守(とのもり)からと推測されている[1]。
後に長官は小槻氏が相続・世襲した。
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