井本勝幸

ウィキペディアから、無料の百科事典
いもと かつゆき

井本 勝幸
生誕 1964年
福岡県福岡市
国籍 日本の旗 日本
職業 僧、ボランティア活動家
著名な実績 ミャンマー政府と同国の少数民族武装勢力との和平交渉への貢献、旧日本軍兵士戦没者の遺骨調査
テンプレートを表示

井本 勝幸(いもと かつゆき、1964年 - )は、日本の僧、ビルマ統一民族連邦評議会 (UNFC) コンサルタントである。

日本ミャンマー未来会議代表、メコン川流域圏農業教育開発センター (GMSAEDC) 代表、タイ日教育開発財団 (TJEDF) 最高顧問、NPO法人グレーターメコンセンター副理事長などを務める[1]。

日本国際ボランティアセンター (JVC) などで、ソマリア、タイ・カンボジア国境の難民支援に関ってきた経験を持つ[2]。

タイのチェンマイでラーメン居酒屋「憩い」を営業している。2020年4月現在は新型コロナウイルス感染症の影響により閉店中。

来歴

1964年(昭和39年)福岡県福岡市生まれの太宰府市育ち[1]。

福岡県立筑紫丘高等学校、東京農業大学、立正大学卒業[1]。28歳で出家、池上本門寺で修行。その後、福岡県朝倉市の四恩山 報恩寺の副住職となる。

2010年(平成22年)にタイへ移住[3]、2011年(平成23年)1月より単独で反政府ビルマ少数民族地域に赴き、ミャンマー内戦の停戦に貢献[1]。主要11少数民族勢力で構成されるビルマ統一民族連邦評議会 (UNFC) を創設[1]。

2012年(平成24年)12月、民間団体「ミャンマー/ビルマご遺骨帰国運動」を発足させ、旧日本軍兵士戦没者の遺骨収集・帰国活動を行う[1][2][4][5]。

2015年(平成27年)、公益財団法人 西日本国際財団より2015年度アジア貢献賞を受賞[6]。

2016年(平成28年)3月、インパール作戦で戦死した旧日本軍兵士の遺骨10柱を日本に帰還させる[1]。

2016年(平成28年)11月28日、社会貢献支援財団より社会貢献者表彰を受賞[2]。

2017年(平成29年)7月、平成29年度外務大臣表彰を受賞[7][8]。

2018年(平成30年)6月、日本ミャンマー未来会議を設立[5]。

2018年(平成30年)9月20日、日本経済大学の特命教授に就任[9]。

2019年(平成31年)3月8日、朝倉市親善大使に委嘱[10]。

著書

  • 『ビルマのゼロ・ファイター ミャンマー和平実現に駆ける一日本人の挑戦』2013年9月10日 集広舎 ISBN 978-4904213186

出典

  1. 1 2 3 4 5 6 7 “日本ミャンマー未来会議”. 日本ミャンマー未来会議. 2019年7月23日閲覧。
  2. 1 2 3 “受賞者紹介 第47回 社会貢献の功績 井本 勝幸”. 社会貢献支援財団. 2019年7月23日閲覧。
  3. ↑ “井本勝幸さん ミャンマーで日本人の遺骨収集活動「戦後はまだ終わっていない」 4万5000人未収容 久留米で講演 /福岡”. 毎日新聞. (2016年3月23日) 2019年7月23日閲覧。
  4. ↑ “「英霊に対するけじめ」ミャンマーで戦没者の遺骨調査 いまだ4万5千人超還らず”. 産経WEST. (2015年5月24日) 2019年7月23日閲覧。
  5. 1 2 “福岡にミャンマー遺骨調査団体 現地ビジネスの収益を元手に 旧日本兵の4万柱超収集へ”. 西日本新聞. (2018年10月19日) 2019年7月23日閲覧。
  6. ↑ “西日本国際財団アジア貢献賞”. 西日本国際財団. 2019年7月23日閲覧。
  7. ↑ “平成29年度外務大臣表彰者 (個人)” (PDF). 日本国外務省. 2019年7月23日閲覧。
  8. ↑ “平成29年度春の叙勲および平成29年度外務大臣表彰 受章者について”. 在ミャンマー日本国大使館. 2019年7月23日閲覧。
  9. ↑ 『井本 勝幸氏が特命教授として本学に就任しました』(プレスリリース)日本経済大学、2018年9月20日。2019年7月23日閲覧。
  10. ↑ 『朝倉市親善大使について』(プレスリリース)朝倉市。2019年7月23日閲覧。

外部リンク