株式会社 伊勢甚本社
Isejin Honsha Co.,Ltd
種類 株式会社
略称 伊勢甚
本社所在地 日本の旗 日本
〒310-0026
茨城県水戸市泉町3丁目1-28
第二中央ビル7階
設立 1949年5月4日(創業1724年)
業種 サービス業
法人番号 1050001000381 ウィキデータを編集
事業内容 ホテル、結婚式場などの経営・運営、不動産事業
代表者 綿引甚介(代表取締役社長)
資本金 2億円
売上高 105億円(2008年2月期)
従業員数 600人
主要子会社 有限会社東海物産
株式会社伊勢甚ハウジングセンター
ヴィオス株式会社
関係する人物 伊勢屋甚介(創業者)
外部リンク https://www.isejin.co.jp/
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伊勢甚(いせじん)は、茨城県の企業グループである伊勢甚グループ、およびその中心である株式会社伊勢甚本社の旧商号である。

概要

1724年(享保9年)に「伊勢屋」として呉服屋を開いたのが始まりである[1]。

水戸における有力な呉服商として栄えていたが、第2次世界大戦時の空襲で蔵を残して全焼した[2]。

1957年(昭和32年)10月に店舗の増築工事を完了して本格的に百貨店事業に参入(伊勢甚百貨店で、後に水戸店と名乗る)し、その後も複数回の増床を重ねながら売り場面積約2万m2の百貨店へ発展した[2]。

1963年(昭和38年)9月22日にはジンマートの1号店として下市店を開店したのを皮切りにスーパーマーケットのチェーン展開も進めた[2]。1967年(昭和42年)には日立市の丸和百貨店を買収して日立伊勢甚として傘下に組み入れて[1]同市鹿島町に出店し[3]、百貨店の多店化も進めた。

1977年(昭和52年)8月21日に[4]株式会社伊勢甚百貨店と株式会社日立伊勢甚、株式会社ジンマートがジャスコ(現・イオン)と合併し[5]、小売事業はジャスコ(現・イオン)グループに移管された。この小売事業の移管に当たってはジャスコ(現・イオン)100%出資で百貨店事業を「伊勢甚」(商号としては2代目、後のボンベルタ伊勢甚)を設立し、旧伊勢甚百貨店の水戸店と旧日立伊勢甚の日立店を同社が継承し[6]、ジンマートとして運営していたスーパーマーケット事業を「伊勢甚チェーン」(後の伊勢甚ジャスコ)を設立して継承した。小売事業において「伊勢甚」の屋号はジャスコ譲渡後も使われたが、2005年5月20日のボンベルタ伊勢甚日立店の閉店によってその歴史に終止符を打つ形となった[7]。

小売事業から撤退後は、ホテルや結婚式場[8]、不動産賃貸業、ミュージアムショップ、飲食店を中心とした事業展開をしている。商業施設の運営は行っているが、他社にテナントとして貸与しているのみである。

年表

グループ内の店舗

主な店舗は下記の通りである。

上記以外に14店舗を展開している。

かつてあった店舗

東日本大震災の影響で地盤が沈下して基本設備が損傷して復旧が困難として営業終了となった[9]。跡地はケーズデンキ那珂店となっている。

脚注

  1. 1 2 3 4 “伊勢甚水戸店が閉店”.朝日新聞(朝日新聞社). (2003年2月21日)
  2. 1 2 3 4 5 水戸市史編さん近現代専門部会 編 『水戸市史 下巻(三)』 水戸市、1998年5月。
  3. 1 2 “伊勢甚日立店 来春閉店へ”.読売新聞(読売新聞社). (2004年8月21日)
  4. 1 2 李敬泉. “ジャスコの出店戦略の原型”. 大阪市立大学 経営研究 第55巻第1号 (大阪市立大学) (2002年).
  5. 1 2 『イオン株式会社 第85期有価証券報告書』 イオン株式会社、2010年5月14日。
  6. ↑ 長谷川典義 (2004年8月21日). “ボンベルタ伊勢甚閉店へ 土地・建物賃貸借契約更新できず”. 毎日新聞 (毎日新聞社)
  7. ↑ “伊勢甚日立店が撤退へ 江戸時代から続く看板に幕” 産経新聞 (産経新聞社). (2004年8月21日)
  8. ↑ “水戸市の中心市街地に動き”. 茨城新聞(茨城新聞社). (2006年11月16日)
  9. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 “挙式場「センチュリーNAKA」閉鎖 震災で沈下や損傷”. 茨城新聞(茨城新聞社). (2011年5月31日)
  10. 1 2 “「やすらぎの湯」22日営業再開 水戸”. 茨城新聞(茨城新聞社). (2011年3月22日)

外部リンク

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