伊藤理佐

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いとう りさ
伊藤 理佐
生誕 (1969-09-06) 1969年9月6日(57歳)
日本の旗 日本・長野県諏訪郡原村
職業 漫画家
活動期間 1987年 -
代表作 『おるちゅばんエビちゅ』
『ヒゲぴよ』など
受賞 第29回講談社漫画賞少女部門受賞
第10回手塚治虫文化賞短編部門受賞
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伊藤 理佐(いとう りさ、1969年9月6日[1] - )は、日本の漫画家。長野県諏訪郡原村出身。代表作に『おいピータン!!』『ヒゲぴよ』『幸福のススメ』『おるちゅばんエビちゅ』『やっちまったよ一戸建て!!』など。

経歴・人物

板金塗装店を経営する両親の元に三姉妹の長女として生まれる。小学生の頃に鈴木光明の「少女まんが入門」を読み漫画を書き始める[2]。1987年、長野県諏訪二葉高等学校の在学中に『月刊ASUKA』へ投稿した短編ギャグ漫画「おとうさんの休日」が掲載されデビュー[3]。高校卒業後は上京し、女子美術大学短期大学部彫塑科に入る。アシスタントをしながら自分の作品も描いた。

猫好きであり、作品内にも猫が描かれることが多い。

一度の離婚歴があるが、2007年に漫画家の吉田戦車と再婚した[4][5]。吉田とは若い頃からの飲み仲間で、お互いの初婚後は疎遠になっていたが、離婚後に二ノ宮知子の『のだめカンタービレ』が講談社漫画賞を受賞した際の記念パーティーで再会し、その後交際に発展して結婚した[6]。その後妊娠し[7]、2010年1月14日に女児を出産した。この際、連載中の『おんなの窓』は吉田が『おとこの窓』として4回にわたりピンチヒッターを務めた。

『やっちまったよ一戸建て!!』で書かれた新築の一戸建ては吉田との再婚時に売却し(その数ヵ月前に賃貸マンションに転居している[8])、現在は別の中古物件を住居兼仕事場にしている[9]。また『ダ・ヴィンチ』2006年12月号にて、本人は自分を「酒ラン(酒乱)」と考えていることを告白するなど、酒豪である。

『おいピータン!!』で第29回講談社漫画賞少女部門受賞[10]。『女いっぴき猫ふたり』、『おいピータン!!』、『おんなの窓』など一連の作品で第10回手塚治虫文化賞短編部門受賞[11]。

作品リスト

  1. ステキな奥さん ぶはっ
  2. ステキな奥さん あはっ
  3. ステキな奥さん うぷぷっ

コラム

  • オトナになった女子たちへ(朝日新聞 朝刊 金曜 生活面) - 同じ1969年生まれの益田ミリと交互に掲載。イラストも描く。

文献

テレビ出演

脚注

  1. ↑ 「おいおいピータン!!」『Kiss -読むと恋をする- 講談社の女性漫画誌』講談社。2024年7月22日閲覧。
  2. ↑ “(10代の君へ)好きって最強、人生が楽しく 伊藤理佐さん”. 朝日新聞 10代の君へ (2022年2月28日). 2022年4月16日閲覧。
  3. ↑ “ハイスクールラプソディー 伊藤理佐さん、「吉祥天女」にあこがれ描いた漫画 諏訪二葉高時代に17歳でデビュー”. 朝日新聞 EduA (2019年11月14日). 2022年4月16日閲覧。
  4. ↑ “「おかゆネコ」の吉田戦車 日記”. スピリッツ連載作家DIARY. SPINET-INSIDE SPIRITS (2007年9月27日). 2013年10月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年12月3日閲覧。
  5. ↑ 雑誌『週刊文春』2007年9月27日号掲載の連載『おんなの窓』
  6. ↑ “まるでギャグ漫画! 伊藤理佐が吉田戦車に放った“戦略的”口説き文句”. AERA dot.. 朝日新聞出版 (2017年7月10日). 2022年4月16日閲覧。
  7. ↑ 『週刊文春』2009年6月25日号掲載作品
  8. ↑ 『女いっぴき猫ふたり』第2巻111頁(2007年8月17日双葉社刊)
  9. ↑ “ようこそ!マイホームタウン 伊藤理佐×新中野”. 東京新聞ほっとWeb (2020年12月23日). 2022年4月16日閲覧。
  10. ↑ “講談社漫画賞 (過去の受賞者一覧)”. 講談社. 2013年5月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年4月21日閲覧。
  11. ↑ “第10回 2006”. 朝日新聞デジタル. 手塚治虫文化賞20周年. 朝日新聞社. 2024年8月6日閲覧。
  12. ↑ “「笑点」研究本に桂歌丸×阿川佐和子の対談、毒蝮三太夫や伊東四朗の証言”. お笑いナタリー. 2016年8月19日. 2016年8月19日閲覧.
  13. ↑ “ボクらの時代 (伊藤理佐×二ノ宮知子×安野モヨコ)”. 日本映画専門チャンネル. 2022年7月14日閲覧。[リンク切れ]

外部リンク