伊達宗綱

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伊達宗綱
時代 鎌倉時代
生誕 建長6年(1254年)?
死没 文保元年2月7日(1317年3月20日)?
別名 甲斐小太郎
諡号 真西公
戒名 金福寺殿浄方真西大居士
氏族 伊達氏
父母 父:伊達政依
兄弟 宗綱、桑折親長、白石宗弘
妻 中村朝綱の娘[1]
子 基宗、宗昌、瀬上行綱
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伊達 宗綱(だて むねつな)は、鎌倉時代中期の御家人。通称は甲斐小太郎。伊達氏5代当主。

概要

伊達政依の嫡男。子に基宗、宗昌(彦二郎)、瀬上行綱(肥後守、瀬上五郎)がいる。

弟の宗弘は白石長俊の養嗣子となり、白石氏を称している。

なお、同時代に但馬伊達氏の伊達朝綱の息子にも同名の人物が存在する(通称は修理亮三郎)。

脚注

  1. ↑ 野州中村神社縁起 P19(中村神社文書編纂委員會、中村神社顕彰會、ISBN-4815031096)

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