佐々木義経

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佐々木 義経(ささき のりつね[注釈 1]、長保2年(1000年) - 天喜6年(1058年))は、平安時代後期の武将。初名は章経(あきつね)。宇多源氏佐々木氏の祖。兵庫助・源成頼の子。官位は従五位下・兵部丞[2]。兵部大夫と号す。

系譜

  • 父:源成頼[2]
  • 母:菅野敦頼の娘[2]
  • 妻:後冷泉院女房綾御方[3]
  • 生母不詳の子女
    • 女子:郁芳門院女房大夫局[3]

脚注

注釈

  1. ↑ 『寛政重修諸家譜』には「よしつね」と記載されている。[1]

出典

  1. ↑ 新訂寛政重修諸家譜 七. 続群書類従完成会. (1965). p. 54
  2. 1 2 3 4 『増訂増補 国史大系〔36〕尊卑分脈 第三篇』吉川弘文館、1975年、414頁。
  3. 1 2 3 4 「亀井家譜、佐々木富士名判官履歴及世系」(中田憲信『好古類纂』所収)

参考文献

先代
源成頼
近江佐々木氏歴代当主
佐々木義経
次代
佐々木経方