佐伯大麻呂

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佐伯大麻呂
時代 飛鳥時代 - 奈良時代
生誕 不明
死没 和銅4年7月9日(711年8月27日)
別名 太麻呂
官位 従四位下・尾張守
主君 文武天皇→元明天皇
氏族 佐伯氏
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佐伯 大麻呂(さえき の おおまろ)は、飛鳥時代から奈良時代にかけての貴族。名は太麻呂とも記される。官位は従四位下・尾張守。勲等は勲四等。

経歴

慶雲4年(707年)文武天皇の葬儀に際して、阿倍宿奈麻呂と共に造御竃司を務める(この時の位階は従四位下)。和銅元年(708年)尾張守に任ぜられる。翌和銅2年(709年)に藤原房前による東海道・東山道諸国の巡察が行われた際には、その統治の功績を賞されて田10町・籾200斛・衣一襲が与えられている[1]。

和銅4年(711年)7月9日卒去。最終官位は尾張国守従四位下。

官歴

『続日本紀』による。

脚注

  1. ↑ 『続日本紀』和銅2年9月26日条

参考文献