佐藤伸治
| 佐藤 伸治 | |
|---|---|
| 別名 | サトちゃん |
| 生誕 | 1966年2月16日 |
| 出身地 |
|
| 死没 | 1999年3月15日(33歳没) |
| ジャンル | レゲエ、ダブ、ロックほか |
| 職業 | シンガーソングライター、ギタリスト |
| 担当楽器 | ボーカル、ギター、コルネット |
| 活動期間 | 1987年 - 1999年 |
| レーベル |
ポニーキャニオン ポリドール・レコード |
| 事務所 | RIBBON |
| 共同作業者 | フィッシュマンズ |
佐藤 伸治(さとう しんじ、1966年2月16日 - 1999年3月15日)は日本のミュージシャン。フィッシュマンズのボーカル担当として活動していた。明治学院大学卒業。血液型はA型。愛称はサトちゃん。
概要
フィッシュマンズのメンバーとしてボーカルを担当。楽曲によってはギターやコルネットなどの楽器を使用する場合もあった。また、フィッシュマンズのほぼすべての楽曲の作詞作曲も手掛ける。
来歴
高校在学時から遊び感覚でロックバンドを結成し活動していた。また、明治学院大学在学中に入会したサークル「ソング・ライツ」内においても幾つかバンドを結成していた。また、当初はドラムスを担当していた。
1987年、学内のイベントに参加する為に茂木欣一、小嶋謙介の3人でフィッシュマンズを結成。大学卒業後も活動を継続させ、1991年にメジャー・デビュー。以降、作品を幾つか発表しライブを精力的に行った。詳細はフィッシュマンズ#来歴の項を参照のこと。
人物
RCサクセションや忌野清志郎の音楽性から大きな影響を受けている[1][2]。
BLANKEY JET CITYの音楽性が好きだっため、本バンドの楽曲を愛聴していた。また、家にBLANKEYのバンドポスターを貼っていた[4][5]。
作品
フィッシュマンズの作品については、フィッシュマンズ#ディスコグラフィの項に詳しい記述がある。また、後述の外部リンクの節に付記された各公式サイトも併せて参照のこと。
脚注
- ↑ “音楽偉人伝 第14回 佐藤伸治(フィッシュマンズ)(前編)”. 2026年4月13日閲覧。
- ↑ “「今」を鳴らし続けるためのターニングポイント”. 2026年4月13日閲覧。
- ↑ “フィッシュマンズの土台を築いたオーストラリアレコーディング”. 音楽ナタリー. 2026年6月5日閲覧。
- ↑ “今日はただフィッシュマンズにありがとうを伝えたくて、miuちゃんと一緒に欣ちゃんに会いに行ってみた。”. houyhnhnm. 2026年6月5日閲覧。
- ↑ 2021年6月10日『昭和50年男』7月号/vol.011は特集「1997年 邦楽レボリューション」<CHAPTER 3 新世紀ロック> 、P17、株式会社ヘリテージ
外部リンク
- Fishmans official website - 所属事務所による公式ウェブサイト。
- fishmans - ユニバーサルミュージックによるアーティストページ。
- Fishmans - ポニーキャニオンによるアーティストページ。