佐藤良邦

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佐藤 良邦(さとう よしくに、1911年7月10日[1] - 1991年9月21日[2])は、日本の実業家。東京12チャンネル(現在のテレビ東京)の社長を務めた。

経歴

東京都出身[1]。佐藤信四郎の二男[1]。1936年、早稲田大学文学部を卒業[1]。日本経済新聞社の前身である中外商業新報に入社し、整理部、社会部、工業部各記者、通信、社会各部長、大阪支社編集長、編集局次長、総務部長、工務局長を経て、1959年2月に取締役に就任し、1965年4月には常務大阪本社代表に就任した[1]。1972年3月に退任し、同年4月に東京12チャンネル副本部長、1973年4月に本部長を経て、株式会社に改組したのち同年11月から[1]1975年10月まで社長を務めた[1][2]。ほか、1954年9月から1965年10月までに早稲田大学政治経済学部講師を兼ね、日経映画社取締役を務めた[1]。

1991年9月21日、胸膜炎により千葉県浦安市の病院で死去[2]。80歳没。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 人事興信所 1985, さ89頁.
  2. 1 2 3 1991年9月23日 日本経済新聞 朝刊 p35

参考文献

  • 人事興信所 編『人事興信録 第33版 上』人事興信所、1985年。