元毓
北魏
王朝 北魏
家名 河南元氏
字 子春
官職 通直散騎常侍
諡号 宣恭王
生年 永平2年(509年)
生地 洛陽
没年 建義元年4月13日(528年5月17日)
没地 洛陽
父親 元謐

元 毓(げん いく)は、北魏の皇族。字は子春。

生涯

趙郡王元謐の長男として生まれた。献文帝の曾孫にあたる。524年に趙郡王位を継いだ。527年、通直散騎常侍(中国語版)に任じられた。528年に河陰の変が起こると殺害された[1]。死後、使持節(中国語版)・衛大将軍・儀同三司・冀州刺史[2]の位を追贈され、諡を宣恭とされた。子が無く、従兄弟の元寘(元謐の弟の元讞(中国語版)の子、字は景融)が後を嗣いだ。

脚注

  1. ↑ 元毓墓誌によると、4月13日に洛陽で死去した。
  2. ↑ 『魏書』では、青州刺史とする。

伝記資料

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