六角広孝

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六角広孝
時代 江戸時代中期 - 後期
生誕 享保14年(1729年)
死没 文化12年(1815年)
別名 通称:重次郎、主殿
官位 従四位上・左少将、越前守
幕府 江戸幕府 高家旗本
主君 徳川家重→家治→家斉
氏族 大沢家→六角家
父母 父:大沢定時、養父:六角広雄
兄弟 広雄、広孝
妻 正室:逸見元長娘・友
子 黒川正明
養子:広寿[1]、広胖[2]、
六角広胖正室[3]ら4男6女
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六角 広孝(ろっかく ひろたか)は、江戸時代中期から後期にかけての高家旗本。高家六角家6代当主。

略歴

享保14年(1729年)、旗本・大沢定時の四男として誕生した。

延享4年(1747年)12月24日、実兄で次男の高家旗本・六角広雄の末期養子として家督を相続する。延享5年(1748年)3月28日、9代将軍・徳川家重に御目見する。宝暦7年(1757年)12月14日、高家職に就き、従五位下侍従・伊予守に叙任する。後に従四位上左少将にまで昇進し、越前守に改める。安永4年(1775年)3月21日、高家肝煎となる。

文化12年(1815年)、死去。享年87。

系譜

子は養子含め4男6女。

脚注

  1. ↑ 柳沢信鴻四男
  2. ↑ 脇坂安親六男
  3. ↑ 六角広寿娘
先代
六角広雄
高家六角家6代当主
1747年 - 1815年
次代
六角広体