| 典子は、今 | |
|---|---|
| 監督 | 松山善三 |
| 脚本 | 松山善三 |
| 製作 |
高橋松男 柴田輝二 |
| 出演者 | 辻典子 |
| 音楽 | 森岡賢一郎 |
| 撮影 | 石原興 |
| 編集 | 園井弘一 |
| 製作会社 |
キネマ東京 シバタフィルムプロモーション |
| 配給 | 東宝 |
| 公開 |
|
| 上映時間 | 117分 |
| 製作国 |
|
| 言語 | 日本語 |
| 配給収入 | 14.6億円[1][注 1] |
『典子は、今』(のりこは、いま)は、1981年制作の日本映画。実在のサリドマイド病患者である辻典子(現:白井のり子)の半生を描いたセミ・ドキュメンタリー的な映画で、辻が本人役で主演している。身体障害者の社会参加を力強く訴えた作品として注目された。
監督は松山善三。松山の妻で元・女優の高峰秀子が辻の演技指導担当の助監督として参加している。
1979年の春、生まれつき両腕がない典子[注 3]は母・春江と熊本市内の団地で2人で暮らし、ハンディを抱えながらも一般的な高校に通う。典子は手の代わりに足を器用に使って日常の行動を取り、どうしても1人できないことは春江や親友たちに手伝ってもらってきた。ある日典子は高校の授業で「将来の夢」をテーマに一分間スピーチの課題を出されたことで、「私は、今…」と自分の今後について考え始める。
後日スピーチ発表で典子は子供の頃から春江に支えられて日々奮闘してきたことを語り、「卒業したら働いて母を楽にさせたい」と締めくくる。数日後の夜自宅に訪れた担任と校長から市役所の採用試験の話を春江と共に聞いた典子は、翌日から受験勉強に励むことに。11月を迎え試験会場に訪れた典子は教師や友人たちの励ましを受けた後、公務員採用試験に臨む。翌年2月に結果発表が行われ典子は26人に1人の倍率をくぐり抜けて見事合格し、その後春江は無事高校を卒業する娘の姿に目を潤ませる。
4月市役所の障害福祉係の窓口担当となった典子は、受付に訪れる市民たち相手にテキパキと仕事をこなし、社会人として充実した日々を送る。夏のある日典子は、以前手紙をくれた知人女性に会いに休日に1人で一泊二日で広島のとある島まで行くと春江に告げる。春江は「困った時は今まで私や友達が気軽に助けてきたけど、世間はそんな生易しいものじゃない」と反対するが、最後は典子に押し切られてしまう。
後日典子はその道中、勇気を出して見知らぬ人たちに声をかけ切符の購入や食事を手伝ってもらいながら電車や船を乗り継ぎ、手紙の女性宅にたどり着く。残念ながら相手の女性は亡くなっていたが、彼女の兄とその母から温かく迎えられた典子は3人で一緒に楽しく夜を過ごす。翌日典子がその男性と海釣りを楽しむ頃、自宅で過ごす春江は娘の親離れ・自身の子離れができたことに寂しさを少し滲ませながらも嬉しく思うのだった。
未登録
IPFS未登録
📡 0ピア
N=1
CRITICAL
PQS B79