兼俊(けんしゅん、応和2年(962年) - 没年不詳)は、平安時代中期の真言宗の僧。父は藤原兼家。字は円林。
正暦3年(992年)、一条天皇の発願により、正暦寺を創建した[1]。 嘉承元年(1006年)大和国金峰山の鳳閣寺で伝法灌頂を受け、その後は観法を修行し、霊験の証得に力を尽くした。
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