内田政彦

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内田政彦

内田 政彦(うちだ まさひこ、嘉永5年2月15日[1](1852年3月5日) - 昭和3年(1928年)4月12日[1])は、海軍法務官。長崎県佐世保市長。

経歴

薩摩藩士内田政風の長男として生まれる[2]。戊辰戦争に従軍後、海軍に入る。1880年(明治13年)に海軍少尉となり、海軍中尉、海軍大尉と累進した[1]。1889年(明治22年)より主理となり、横須賀鎮守府軍法会議、佐世保鎮守府軍法会議に勤務した[1]。その後、横須賀鎮守府司法部長を務め、1905年(明治38年)に休職となった[1]。

翌1906年(明治39年)に佐世保市長に就任し、1916年(大正5年)まで在任した。市長として教育、勧業、衛生に尽力した[3]。

栄典

親族

脚注

出典

  1. 1 2 3 4 5 6 「故海軍大尉内田政彦位階追陞ノ件」 アジア歴史資料センター Ref.A11113810200 
  2. 1 2 『人事興信録』
  3. ↑ 『大日本帝国市町村長銘鑑』p.12
  4. ↑ 『官報』第3469号「叙任及辞令」1895年1月24日。

参考文献

  • 『大日本帝国市町村長銘鑑 第一輯』教育実成会、1913年。 
  • 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。