前川真二郎

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前川 真二郎(まえかわ しんじろう、1881年〈明治14年〉 - 1953年〈昭和28年〉11月1日)は、日本のキリスト教の聖職者、神学者、教育者、翻訳家。日本聖公会の主教(監督)、聖公会神学院教授[1][2]。

経歴

茨城県出身。簡易農学校を第1回生として卒業後、町立結城蚕業学校に奉職した[1]。

1899年(明治32年)6月、茨城県水戸農学校の2年に編入。1901年(明治34年)3月に同校を卒業した[1]。

この水戸農学校時代、校内にはキリスト教への関心が高まりを見せており、前川の回想によれば、学園内にはキリスト教的風潮がみなぎっていたという。キリスト教を信仰し洗礼を受けた前川や飯田堯一ら若い生徒たちは、クラーク博士らのキリスト教精神が残る札幌農学校(現・北海道大学)へ憧れを抱くこととなった[3]。

こうして在学中、札幌農学校への進学を志していたが、農学校では受験資格がないことを知り、上京して慶應義塾普通部4年に編入した。その後、札幌農学校進学を断念し、慶應義塾予科に進む[1]。

予科3年の折、津田仙の勧めを受けて渡米。1907年(明治40年)9月、米国聖公会所属の太平洋神学校に入学し、牧師への道を志した[1]。

1914年(大正3年)7月に帰国し、聖公会神学院教授に就任。その後、福島・仙台の主任長老を歴任した[1]。

1930年(昭和5年)9月に再渡米して研究を重ね、神学博士の学位を取得。1931年(昭和6年)5月に帰国した[1]。

1941年(昭和16年)9月、日本聖公会監督に任職され、北海道教区監督に就任[1]。

1947年(昭和22年)8月、管理主教となり、南東京教区主教に登座し[1]た。

1953年(昭和28年)11月1日、永眠。享年72歳[1]。

その人柄は純真で飾らない風格があり、雄弁ではないものの簡潔明快かつ平易な講話は信徒に親しまれていたという[1]。

著書

  • 『基督教の根本義』
  • 『聖徒の面影』
  • 『宗教教育入門』
  • 『基督信徒の修養』日本聖公会出版社、1917年
  • 『信仰小訓』日本聖公会出版社、1927年
  • 『日本聖公会小史』ヘレン・ボイル 著、前川真二郎 訳、聖公会出版社、1940年
  • 『聖公会の特色に就て』

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 『水農史 第1巻』水戸農業高等学校、1970、p318
  2. ↑ 前川真二郎 德富蘇峰記念館
  3. ↑ 『水農史 第1巻』水戸農業高等学校、1970、p312-321