| きたかみまち 北上町 | |||||
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| 廃止日 | 2005年4月1日 | ||||
| 廃止理由 |
新設合併 北上町、石巻市、河北町、雄勝町、河南町、桃生町、牡鹿郡牡鹿町 → 石巻市 | ||||
| 現在の自治体 | 石巻市 | ||||
| 廃止時点のデータ | |||||
| 国 |
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| 地方 | 東北地方 | ||||
| 都道府県 | 宮城県 | ||||
| 郡 | 桃生郡 | ||||
| 市町村コード | 04567-5 | ||||
| 面積 | 60.98 km2 | ||||
| 総人口 |
4,173人 (推計人口、2005年3月1日) | ||||
| 隣接自治体 |
宮城県桃生郡河北町 本吉郡津山町、志津川町 | ||||
| 町の木 | ヒメコマツ | ||||
| 町の花 | ハマギク | ||||
| 町の鳥 | イヌワシ | ||||
| 北上町役場 | |||||
| 所在地 |
〒986-0201 宮城県桃生郡北上町十三浜月浜290 | ||||
| 座標 | 北緯38度34分26秒 東経141度26分55秒 / 北緯38.57389度 東経141.44864度座標: 北緯38度34分26秒 東経141度26分55秒 / 北緯38.57389度 東経141.44864度 | ||||
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| ウィキプロジェクト | |||||
宮城県北東部、太平洋に面する町である。北上川の河口に位置する。町の面積の70%以上を山林が占める。海岸部は南三陸金華山国定公園に指定されている。
縄文時代の貝塚の遺跡である泉沢貝塚から縄文土器の破片や遮光器土偶が出土しており、出土した貝類はすべて海水産であったことから、追波湾の豊富な海産物を獲っていたことが窺える[2]。
天平宝字年間より、桃生城を中心に中部・関東からの移民や帰順した蝦夷による開墾がすすめられ、北上町にまで進んだとされている[2]。
鎌倉時代になり、奥州合戦が勃発すると奥州藤原氏3代目藤原秀衡の四男である藤原高衡が本吉(良)冠者と名乗り、この地域を支配していた[2]。その後、奥州合戦で戦功をあげた相模の豪族である山内首藤経俊が地頭として支配するようになり、山内首藤氏は11代にわたって桃生郡北方を治めるが、葛西宗清によって滅ぼされ、以来葛西氏がこの地域を治めるようになる[2]。
しかし、葛西家16代葛西晴信は豊臣秀吉による小田原征伐に参陣しなかったため、奥州仕置によりその領地を没収され木村吉清が新たな領主になるが、また木村氏も葛西大崎一揆によって改易され、この一揆を鎮圧した伊達政宗がこの領土を治めるようになる[2]。
江戸時代には仙台藩の支配下となり、当域は本吉郡十三浜・桃生郡橋浦・桃生郡長尾・桃生郡女川の4ヶ村から成り立っており、十三浜には二人の肝煎が、その他の地域には一人ずつ肝煎がおかれた[2]。

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