北島謙次郎

ウィキペディアから、無料の百科事典
北島謙次郎

北島 謙次郎(きたじま けんじろう、1893年(明治26年)10月5日[1] – 1957年(昭和32年)11月24日)は、南洋庁長官、拓務次官。

経歴

佐賀県出身。佐賀県立佐賀中学校、第五高等学校を経て、1917年(大正6年)に東京帝国大学法科大学政治学科を卒業[1]。高等文官試験に合格して、大蔵省銀行局に勤務し、のち福島税務署長に就任した[1]。1919年(大正8年)、拓殖局書記官に任ぜられ、拓務省が設置されると拓殖省書記官に任ぜられた[1]。文書課長、管理局第一課長などを経て、1932年(昭和7年)より殖産局長を務めた[1]。

1936年(昭和11年)に南洋庁長官に任ぜられ、1940年(昭和15年)4月までその職にあった[2]。同年10月に拓務次官に就任し、退官後は陸軍軍政顧問を務めた[2][3]。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 『帝国大学出身名鑑』キ36
  2. 1 2 『人事興信録 第13版』
  3. ↑ 『人事興信録 第14版』

参考文献

  • 校友調査会編『帝国大学出身名鑑』校友調査会、1934年。 
  • 人事興信所編『人事興信録 第13版(上)』人事興信所、1941年。 
  • 人事興信所編『人事興信録 第14版(上)』人事興信所、1943年。 
先代
田中武雄
拓務次官
1940年 - 1941年
次代
植場鉄三