北野精一

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北野 精一(きたの せいいち、1911年1月2日 - 2000年9月1日)は、日本の経営者。日本触媒化学工業社長を務めた。兵庫県神戸市出身[1]。

経歴

1932年に神戸高等商業学校を卒業[1]。

商工省、大阪工業試験所での勤務を経て、後にヲサメ合成化學工業(後の日本触媒)に転じ、1948年1月に取締役に就任し、1963年1月に常務、1965年7月に専務を経て、1970年4月には社長に就任[1]。1981年2月に会長、1986年2月に取締役相談役を経て、1987年2月から相談役を務めた[1]。

1975年4月に藍綬褒章を受章し、1981年11月に勲三等旭日中綬章を受章[1]。

2000年9月1日肺炎のために死去[2]。89歳没。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 人事興信所 1991, き111頁.
  2. ↑ 2000年 9月9日 日本経済新聞 朝刊 p43

参考文献

  • 人事興信所 編『人事興信録 第36版 上』人事興信所、1991年。 
先代
八谷泰造
日本触媒化学工業社長
1970年 - 1981年
次代
石川三郎