原口徠

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原口 徠(はらぐち きたる、1883年(明治16年)10月29日[1] - 1936年(昭和11年)4月22日)は、日本の銀行家、華族。

来歴・人物

1903年東京高等商業学校(現一橋大学)予科入学[2]。1910年同専攻部卒業[3][4][5]、日本勧業銀行入行[4]。1919年男爵を襲爵し[5][6]、正五位に叙される[7]。1926年叙従四位[8]。1934年日本勧業銀行常務理事[4]。叙正四位[9]。1936年死去。享年54[4]。

親族

父は原口兼済[4]。妻は伊東巳代治の娘[5]。

脚注

  1. ↑ 『人事興信録 10版 下』人事興信所、1934年、ハ117頁。
  2. ↑ 官報 1903年07月31日
  3. ↑ 官報 1910年07月09日
  4. 1 2 3 4 5 原口徠(読み)はらぐち きたるデジタル版 日本人名大辞典+Plus
  5. 1 2 3 原口徠 (第8版 [昭和3(1928)年7月 の情報)]日本研究のための歴史情報『人事興信録』データベース
  6. ↑ 官報 1919年07月11日
  7. ↑ 官報 1919年10月11日
  8. ↑ 報 1926年10月18日
  9. ↑ 華族名簿 昭和10年5月31日調
日本の爵位
先代
原口兼済
男爵
原口(兼済)家第2代
1919年 - 1936年
次代
原口一郎