学生時代はギターに打ち込み、プロミュージシャンを目指した[2]。坂本龍一、細野晴臣らが参加した大貫妙子の2ndアルバム『SUNSHOWER』('77)「誰のために」でもプレイしたが[3]、圧倒的な才能に接して音楽の道を断念[2]。早稲田大学卒業後[1]広告制作会社のコピーライターとなる[2]。1985年、東京コピーライターズクラブ新人賞を受賞し[4] 、フリーランスとなる。
1997年、『かつどん協議会』で小説家デビューしたが[2]、10冊ほど発表した本はすべて初版止まり[1]。2007年に小説家を辞めることを決めて資料本も処分したが[2]、1か月後に1999年に発表した『床下仙人』(祥伝社文庫)が有隣堂ルミネ町田店の書店員の目に止まり、店頭POPをきっかけに初の増刷が決定[5]。同作が「啓文堂書店おすすめ文庫大賞」に選ばれ、再び小説家として活動する[2]。
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