吉川英司

ウィキペディアから、無料の百科事典
きっかわ えいし

吉川 英司
生誕 (1929-05-09) 1929年5月9日
広島県
死没 (2010-04-08) 2010年4月8日(80歳没)
死因 慢性閉塞性肺疾患
国籍 日本の旗 日本
出身校 明治大学政治経済学部経済学科
職業 実業家
栄誉 勲三等瑞宝章(2001年)[1]
テンプレートを表示

吉川 英司(きっかわ えいし、1929年(昭和4年)5月9日 - 2010年(平成22年)4月8日)は、日本の経営者。テレビ新広島社長を務めた。

来歴・人物

広島県出身[1]。1953年に明治大学政治経済学部経済学科を卒業し、1958年にニッポン放送に入社[1]。1974年に取締役に就任し、1976年6月に常務。

1980年5月にフジテレビジョン常務、1983年6月に専務を経て、1989年6月にテレビ新広島副社長、1994年6月には社長に昇格[1]。1999年6月に会長に退き、2001年6月に取締役相談役となる[1]。

2010年4月8日に慢性閉塞性肺疾患のために死去[2]。80歳没。

脚注

参考文献

  • 興信データ株式會社『人事興信録 第42版 上』興信データ、2003年。