吉田仙太郎

ウィキペディアから、無料の百科事典

吉田 仙太郎(よしだ せんたろう、1926年 - 2015年4月[1])は、日本のドイツ文学者、翻訳家。大阪女子大学名誉教授。関西チェコ / スロバキア協会顧問。

来歴・人物

大阪府生まれ。。旧制大阪府立住吉中学校、旧制大阪高等学校、広島高等学校を経て、1951年に京都大学独文科卒。岡山大学講師、大阪女子大学助教授、教授。1988年定年退官、名誉教授。

トーマス・マンやホーフマンスタールなど主に20世紀のドイツ語作家について研究した。フランツ・カフカが専門。新潮社「全集」版では膨大な手紙を訳・担当した。大阪女子大学時代の弟子・中堂恒朗によれば、その訳業は学会でも高く評価されたという[2]。

1963年から、大阪府立大学と大阪女子大学との混声合唱団EWA CHORで顧問を務めた[3]。

2003年には、広島高等学校時代の先輩である俳人・目崎一三の遺稿詩文集を旧友たちと再刊した。「遺稿集には目崎さんの文才が見事に集まっている」と評している[4]。

2006年11月瑞宝中綬章受章[5]。

晩年の2010年に『伊東静雄日記 詩へのかどで』(思潮社)を共編[6]刊行した。

翻訳

脚注

  1. ↑ “吉田仙太郎:みすず書房”. www.msz.co.jp. 2021年8月7日閲覧。
  2. ↑ 中堂恒朗「吉田仙太郎先生」『女子大文学. 外国文学篇 川上・吉田両教授退職記念号』第40巻、大阪女子大学英文学科、1988年、13-14頁、hdl:10466/10497、ISSN 0286-9276。
  3. ↑ “EWA CHOR 年譜|大阪府立大学混声合唱団 エヴァ・コール OB・OG会 (EWA CHOR OB・OG会)”. ewachor.jp. 2020年1月29日閲覧。
  4. ↑ “福山誠之館・原爆に散った学徒兵 目崎一三の詩才知って”. wp1.fuchu.jp. 2020年1月29日閲覧。
  5. ↑ “平成18年秋の叙勲 瑞宝中綬章受章者” (PDF). 内閣府. p. 19 (2006年11月3日). 2007年4月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年4月19日閲覧。
  6. ↑ 詩人・伊藤静雄は旧制高校時代に接した。新たに発見された日記。編者は他に柊和典(編集者)・上野武彦(図書館長)で各・後輩。

参考