吉田経世

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吉田 経世(よしだ つねよ、生没年不詳)は、鎌倉時代後期の公家。中納言・吉田経俊の子。官位は正四位下・刑部卿。

経歴

後二条朝初頭に、兵部大輔や五位蔵人を務める。嘉元元年(1303年)従四位下・左少弁に叙任されると、嘉元3年(1305年)右中弁、嘉元4年(1306年)従四位上、と弁官を務めながら順調に昇進した。

徳治3年(1308年)8月に花園天皇が践祚して皇位が持明院統に移るが、経世は同年中に右大弁次いで左大弁、翌延慶2年(1309年)正月には正四位下と引き続き昇進を重ねる。しかし、同年2月に左大弁を解かれて刑部卿に遷任させられ、結局公卿昇進は果たせなかった。

官歴

『弁官補任』による。

系譜

『尊卑分脈』による。

脚注

参考文献