名古屋電車製作所
| 種類 | 合資会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 愛知県名古屋市南区千年字二ノ割七百六番地[1] |
| 設立 | 1912年(明治45年)4月1日[1] |
| 業種 | 輸送用機器 |
| 事業内容 | 電気鉄道用の客貨車その他一切の製造、販売[1] |
| 代表者 | 山田恒壽[1] |
| 払込資本金 | 30,000円[1][2] |
| 特記事項:上記データは1912年(明治45年)現在[1]。 | |
名古屋電車製作所(なごやでんしゃせいさくしょ)は明治から昭和初期にかけて存在した鉄道車両メーカー。1927年(昭和2年)に日本車輌製造の系列下に入り、1929年(昭和4年)に名古屋自動車製作所に改称した。
本項では主に鉄道車両製造事業者としての名古屋電車製作所を扱うが、後継会社についても触れる。
来歴
1912年(明治45年)4月、合資会社名古屋電車製作所として名古屋市南区千年で創業。代表は山田恒寿。会社設立時は目的を「電気鉄道用の客貨車その他一切の製造販売」とし[1]、1917年(大正6年)の会社要録では対象を「蒸気電気軽便各鉄道用客貨車」[2]に広げている。
愛知電気鉄道や美濃電気鉄道、岡崎電気軌道など中部地方の民鉄を主な顧客とし、日本の私鉄が市内電車から都市間輸送へと発展した時期の中堅車両メーカーとして、いくつかの画期的な車両を製造した[3]。
1927年(昭和2年)7月、不況と金融恐慌で資金繰りが厳しくなったところで、バス車体製造への進出を目論む日本車輌が経営に参画。社名を株式会社名古屋電車製作所と改め、半鋼製車体の「スチールカー」やバス車体の生産体制を整えた[4]。社長は山田恒寿が続投し、日本車輌の製造課長長屋富吉が監査役について責任体制を確保した。日本車輌の系列下に入った1927年から1929年の間には、中部地方の路面電車を中心に109両の車両を製造したほか、日本車輌が受注したガソリン動車やバス車体の製造を請負っている[5]。
自動車車体製造への事業転換
名古屋電車製作所は1929年(昭和4年)8月に社名を株式会社名古屋自動車製作所と改め、バス車体の量産メーカーへと移行する。同時に資本金を3倍に増資し、その多くを日本車輌が引き受けた。これにより経営権は同社に移行し、1935年(昭和10年)頃には監査役であった長屋富吉が代表取締役に就任した[6]。
1939年(昭和14年)には「ナゴヤ号」電気自動車を手掛け、名古屋電気自動車販売(株)を設立して販売を行った。この電気自動車はガソリン統制時代に応じた自動車として普及した[7]。日中戦争の勃発により日本が戦時体制に入った1940年(昭和15年)には軍用自動車の車体製造を手掛け、トヨタ自動車をはじめとする豊田系資本から自動車ボディーの製造を受注した[8]。
終戦と電車修理業
戦後は日本車輌の系列から離れ、旧伊藤財閥やトヨタグループの資本系統となった。終戦直後の1945年(昭和20年)10月、愛知郡鳴海町に鳴海工場を開設して電車の修理を始め、1947年(昭和22年)の時点で社名を名古屋自動車工業株式会社と呼称[注釈 1]している[9]
1948年(昭和23年)の企業紹介では「運輸省及び各都市のバス、鉄道会社、バス会社からの受注」により「業務は激しく輻輳している」とある[10]。
1955年(昭和30年)に 名自車体株式会社に社名を変更し、特種車両、医療車、郵便車の製造を開始。特種車メーカーとして現在に至る[11]。
沿革
製品
特筆すべきものを挙げる。詳細については、カテゴリ「名古屋電車製作所製の鉄道車両」を参照。
- 鉄道
- 1912年(大正元年)- 名古屋電気鉄道トク1号・トク2号 - 貴賓車として製造された2軸の路面電車。大型の窓とソファを備え、2両が製造された[12]。
- 1917年(大正6年) - 京阪電気鉄道100形。路面電車スタイルから完全に脱し、ステップを廃止して片側に3つの扉を持つ高床式のインターアーバン電車[3]。
- 1927年(昭和2年)- 名古屋鉄道デホ650形。1両に70馬力の電動機を4基を備え、初めて国産の制御器を採用した電車[3]。
- 自動車
- 名古屋電車製作所が改造を手掛けた札幌市交通局10形電車(札幌市交通資料館にて保存)
脚注
注釈
- ↑ 名古屋自動車製作所から改称した時期は不明
出典
参考文献
- 日本車輛製造株式会社 編「名古屋電車製作所の系列化」『驀進 : 日本車輛80年のあゆみ』日本車輛製造、1977年5月、105-106頁。NDLJP:11950322/68。
- 「廣告 商業登記」『官報』8666附録、大蔵省印刷局、日本マイクロ写真、1912年5月11日、6面。NDLJP:2952023/21。
- 帝国興信所 編『帝国銀行会社要録 : 附・職員録 大正6年』(第6版)帝国興信所、1917年、54頁。NDLJP:974398/675。
- 「雑報 一般電気界の部」『交通と電気』第6巻第9号、電通社、1927年9月、69頁、NDLJP:1505837/46。
- 商工省 編『全国工場通覧』(昭和22年版)工業新聞社、1947年、386頁。NDLJP:1124380/257。
- 『中部日本の事業と会社』(昭和23年版(第8回))東洋経済新報社、1948年、179頁。NDLJP:2454814/105。
- 『写真が語る名鉄80年 : 電車・バスなどの変遷』名古屋鉄道、1975年、179頁。NDLJP:11954221/26。
- “会社概要”. 名自車体株式会社 (2023年8月3日). 2026年5月10日閲覧。
外部リンク
- 名自車体株式会社 - 名古屋自動車製作所の後継会社