呂御梅

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呂御梅
各種表記
ハングル: 여어매
려어매
漢字: 呂御梅
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呂御梅(朝鮮語: 여어매 または 려어매)は、中国唐の学者であり、朝鮮氏族の咸陽呂氏の始祖である[1]。

萊州出身[1]、唐の翰林学士で、黄巣が反乱を起こした877年(乾符4年)、新羅に帰化した[2]。慶尚北道星州郡の碧珍面に定着して、高麗時代に典書を務めた。

脚注

  1. 1 2 呂元九 編(朝鮮語)『咸陽呂氏庚辰大同譜卷二』咸陽呂氏大宗會、ソウル特別市、2003年4月29日。
  2. ↑ 呂元九 編(朝鮮語)『咸陽呂氏庚辰大同譜卷一』咸陽呂氏大宗會、ソウル特別市、2003年4月29日。

参考文献