和田義氏

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和田義氏
時代 鎌倉時代初期
生誕 承安4年(1174年)
死没 建暦3年5月3日(1213年5月24日)
別名 次郎
氏族 和田氏
父母 父:義盛
兄弟 常盛、義氏、朝比奈義秀、義直、義重、義信、秀盛、杉浦義国
子 平尾盛氏
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和田 義氏 (わだ よしうじ)は、鎌倉時代の武士。和田義盛の二男。通称次郎[1]。

略歴

建暦3年(1213年)、和田合戦において手越宿付近で討たれた。享年40歳[1]。

義氏の子・平尾盛氏の子孫は後に北畠顕家に仕え伊勢国小濱を領したことから小濱氏を称した[2]。

脚注

参考文献

  • 『寛政重修諸家譜第6輯』(榮進舍出版部、1917年、610p)
  • 『続群書類従 6上(系図部)』(続群書類従完成会、1957年、23p)