だん れいこ
団 令子
団 令子
『小説倶楽部』1957年6月号(桃園書房)
本名 浜田 令子(はまだ れいこ)(旧姓 - 森[1][2])
生年月日 (1935-03-26) 1935年3月26日
没年月日 (2003-11-24) 2003年11月24日(68歳没)
出生地 日本の旗 日本・京都府
死没地 日本の旗 日本・東京都三鷹市
職業 女優
ジャンル 映画・テレビドラマ・舞台
活動期間 1957年 - 1974年
配偶者 あり
著名な家族 長男: 団優太(俳優)
主な作品
映画
「お姐ちゃんシリーズ」
『女が階段を上る時』
『娘・妻・母』
『小早川家の秋』
『椿三十郎』
『赤ひげ』
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団 令子(だん れいこ、1935年〈昭和10年〉3月26日[2] - 2003年〈平成15年〉11月24日)は、日本の女優。京都府出身[2]。長男は同じく俳優の団優太。京都府立鴨沂高等学校卒業[1][2]。

来歴・人物

手前から中島そのみ・団令子・重山規子の「お姐ちゃんトリオ」

1956年、ミス日本コンテスト「ミス着物」に選ばれる[1]。これがきっかけとなり東宝のプロデューサー藤本真澄から映画界へと誘われる[1][注釈 1]。

1957年に東宝へ入社[4][2]。芸名は藤本真澄が作曲家の團伊玖磨から取って名付けた。

1959年より始まった「お姐ちゃんシリーズ」で健康的な現代娘をコミカルに演じて、人気を得る[4]。同時期の映画では、中島そのみ、重山規子と共演することが多かった。また、クレージーキャッツ主演のクレージー映画シリーズにおいては、初期マドンナとして多数の作品に出演する。

1966年10月、医師と結婚して京都に新居を構え、1967年に長男・優太を出産するも1969年12月11日、夫と死別した[5]。

後の浜美枝に続くような、活発さを持ち合わせながらコミカルからクールな悪女役までこなす演技力で評価されていたが、1974年に引退。

1980年代末から1990年代初頭にかけ「息子の俳優デビューを応援するため」として、短期間だったが芸能界にカムバックした。

2003年11月24日、心不全のため東京都三鷹市の病院で死去。68歳没。

エピソード

主な出演

映画

『椿三十郎』(1962年)

テレビドラマ

舞台

コマーシャル

※これら3編は、2011年9月発売のDVD-BOX『明治製菓CMコレクションDVD-BOX』の「板チョコ編」に収録されている。

脚注

[脚注の使い方]

注釈

  1. ↑ 雑誌『婦人生活』では、伊丹飛行場に友人を迎えに行った際に映画『大安吉日』の撮影に来ていた東宝スタッフの目に留まったと記載している[3]。

出典

  1. 1 2 3 4 「新桜オールスタァ名鑑」『芸能画報』12月号、サン出版社、1957年12月。
  2. 1 2 3 4 5 『日本映画人大鑑』キネマ旬報社、1959年、85頁。
  3. ↑ 「東宝の新星 団玲子さん」『婦人生活』6月号、婦人生活社、1957年7月。
  4. 1 2 東宝特撮女優大全集 2014, p. 146, 文・中村哲「まだまだいる!忘れえぬ東宝特撮女優たち<2>」
  5. ↑ スモン病で急死 浜田晃氏『朝日新聞』昭和44年(1969年)12月13日夕刊、3版、11面

参考文献

外部リンク

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