土方雄房

ウィキペディアから、無料の百科事典
 
土方 雄房
時代 江戸時代中期
生誕 宝永8年4月1日(1711年5月18日)
死没 宝暦8年11月20日(1758年12月20日)
改名 彦五郎(幼名)、雄房
戒名 大岑院殿賢徳養浩大居士
墓所 東京都文京区湯島の麟祥院
官位 従五位下、丹後守
幕府 江戸幕府
藩 伊勢国菰野藩主
氏族 土方氏
父母 父:土方豊義、母:魏光院
兄弟 雄房、雄端
妻 正室:北条氏朝の娘
子 養子:雄端
テンプレートを表示

土方 雄房(ひじかた かつふさ)は、伊勢菰野藩の第5代藩主。

宝永8年(1711年)4月1日、第4代藩主・土方豊義の長男として菰野で生まれる。享保4年(1719年)に父が死去したためその跡を継ぐ。しかし幼少のため、先代からの重臣で大叔父にあたる土方久長の補佐を受けた。藩政においては武芸より文治政策を採用し、学問を奨励している。

寛延3年(1750年)1月25日に弟で養子の雄端に家督を譲って隠居する。

宝暦8年(1758年)11月20日、直前に死去した雄端の後を追うように江戸で死去した。享年48。

系譜

父母

正室

養子