土浦村(つちうらむら)は、かつて茨城県信太郡に存在していた村。現在の稲敷郡美浦村大字土浦にあたる。

現在の土浦市のもととなった旧新治郡土浦町とは位置の異なる村である。霞ヶ浦に接し、大山村に隣接していた。

歴史

中世のこのあたり一帯(現在の土浦市も含む)には、信太荘と呼ばれる荘園が置かれていた。元徳元年(1329年)、「東寺百合文書」所収の文書に土浦の記載がある(土浦市#歴史も参照)[1][2]。東寺百合文書の「土浦」を、(現在の土浦市ではなく)現在の美浦村土浦を指すとする説がある。[要出典]

1879年(明治12年)、当地付近で佐々木忠次郎、飯島魁により陸平(おかだいら)貝塚が発掘される。日本人によって学術的発掘調査が行われた最初の遺跡であり、「日本考古学の原点」と称される。

脚注

  1. ↑ “土浦市の歴史 - 中世 -鎌倉・南北朝・室町”. 土浦市. 2017年3月3日閲覧。
  2. ↑ “信太荘”. 百科事典マイペディア(コトバンク所収). 2017年3月3日閲覧。
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