慶長3年(1598年)、堀秀治が上杉氏に代わって越後に入部したとき、堀直寄(堀直政の子)が坂戸2万石に入った。直寄は慶長11年(1606年)の堀鶴千代の死去により蔵王堂藩3万石を加増され、5万石を領すようになった。しかし、慶長13年(1608年)に父・直政が死去すると直寄は幼主・堀忠俊のもとでの主導権をめぐって兄直清と争う。これに勝利はしたが、忠俊は内紛の責任を問われ改易とされ、直寄も坂戸5万石から信濃国飯山藩4万石に減移封された。坂戸藩は廃藩となった。
外様。2万石→5万石。
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