坪井正道

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坪井 正道
(つぼい まさみち)
生誕 1925年11月10日
日本の旗 日本 東京府
死没 (2020-07-16) 2020年7月16日(94歳没)
研究分野 物理化学
研究機関 東京大学
明星大学
いわき明星大学
出身校 東京大学
主な受賞歴 日本化学会進歩賞(1958年)
松永賞(1967年)
日本化学会賞(1976年)
日本学士院賞(1987年)
勲三等旭日中綬章(1996年)
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坪井 正道(つぼい まさみち、1925年11月10日 - 2020年7月16日[1])は、日本の化学者。専門は物理化学。学位は、理学博士(1953年)。東京大学名誉教授。

人物

東京府(現・東京都)出身[2][3]。1947年東京帝国大学理学部化学科卒業[2][3]。1953年理学博士の学位を取得[3]。1954年8月より2年間アメリカ合衆国ミシガン大学に出張[3]。1958年日本化学会進歩賞を受賞[3]。1959年7月東京大学理学部助教授[3]。1961年4月東京大学薬学部教授[2][3]。1967年12月「核酸の構造化学的研究」で松永賞を受賞[3]。1976年4月日本化学会賞を受賞[3]。1986年3月定年退官[3]。同年4月明星大学教授[2][3]。1987年いわき明星大学教授[2]。同年6月「核酸の分子構造とその多形性に関する研究」で日本学士院賞を受賞[2][3]。1996年4月勲三等旭日中綬章を受章[3]。

家族・親族

坪井正道は坪井誠太郎・百合夫妻の長男として生まれた[2][3]。父・誠太郎は地質学者・鉱物学者・岩石学者で、母・百合は天文学者・平山信の長女である。したがって人類学者の坪井正五郎は父方の祖父、蘭方医の坪井信良と蘭学者の箕作秋坪は父方の曾祖父、蘭方医の坪井信道と蘭学者の箕作阮甫は父方の高祖父にあたる。父方の叔父に地球物理学者の坪井忠二、母方の伯父に建築家の平山嵩がおり、数学者の正田建次郎と元東洋製作所社長の佐竹義利は義理の叔父[4]、経済法学者の正田彬と天文学者の平山淳は母方の従弟にあたる。

妻は法学者・中川善之助の次女[3]。間に3男がいる。

関連項目

脚注・出典

  1. ↑ 訃報:名誉会員 坪井正道先生 日本分光学会 2020年7月20日
  2. 1 2 3 4 5 6 7 上田正昭・西澤潤一・平山郁夫・三浦朱門 監修 『講談社 日本人名大辞典』 講談社、2001年12月6日第1刷発行、ISBN 4-06-210800-3、1248頁
  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 『第45版 人事興信録』 興信データ、2009年1月26日発行、つ - 55頁
  4. ↑ 正田の先妻・多美と佐竹の妻・厚は平山信の娘なので、正道の母方の叔母にあたる。