堺市立月州中学校
| 堺市立月州中学校 | |
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北緯34度35分05秒 東経135度28分28秒 / 北緯34.58467度 東経135.4745度座標: 北緯34度35分05秒 東経135度28分28秒 / 北緯34.58467度 東経135.4745度 | |
| 過去の名称 | 堺市立第一中学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 堺市 |
| 校訓 | 自主・信愛[1] |
| 設立年月日 | 1947年4月21日 |
| 創立記念日 | 4月21日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 学期 | 3学期制 |
| 学校コード | C127210001328 |
| 所在地 |
〒590-0984 大阪府堺市堺区神南辺町一丁1-1 北緯34度35分5.3秒 東経135度28分28.7秒 / 北緯34.584806度 東経135.474639度 |
| 外部リンク | 公式サイト |
概要
学制改革と同時の1947年、堺市で最初の公立中学校9校のうちの1校として創立した。
校名は堺市街地の沿岸部に形成された「附洲」に由来。「月のように清く気高く」という意味を込めて同じ発音の「月」の字をあて、月州中学校となった。校章は、丸の中に月と星。月は「月州」、星は中学校の「中」を星にデザインしたものを使用。星は校歌の中にも登場する[2]。
沿革
1947年4月に堺市立第一中学校として開校した[3]。錦西・三宝・市の3国民学校(小学校)卒業者を1年生として受け入れ、また西屋敷国民学校(錦西国民学校高等科)から2年生の女子生徒を編入した。
開校当初は堺市立錦西小学校内に仮校舎を設置していたが、翌1948年には堺市立商業高等学校内に仮校舎を移転した。
1950年には現在地に校舎が完成し、移転している。移転の際、大阪刑務所で製造された新品の机といすを、生徒たちが人力で学校まで搬入した。
通学区域
著名な出身者
交通
脚注
- ↑ “令和8年度 入学のしおり” (PDF). 堺市立月州中学校. 学校からのお便り. 堺市教育委員会. p. 2 (2026年1月28日). 2026年5月24日閲覧。
- ↑ “令和8年度 入学のしおり” (PDF). 堺市立月州中学校. 学校からのお便り. 堺市教育委員会 (2026年1月28日). 2026年5月24日閲覧。
- 1 2 堺市役所 編『堺市制施行七十年誌』堺市役所、1958年4月1日、275頁。2026年5月24日閲覧。
- ↑ 早川徹 編『読売年鑑』《昭和41年版》読売新聞社、1965年10月10日、414頁。2026年5月24日閲覧。
- ↑ “市立中学校の通学区域”. 堺市. 堺市 (2023年7月27日). 2026年5月24日閲覧。
