大伴三依

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大伴三依
時代 奈良時代
生誕 不明
死没 宝亀5年5月25日(774年7月8日)
別名 御依
官位 従四位下出雲守
主君 聖武天皇→孝謙天皇→淳仁天皇→称徳天皇
氏族 大伴氏
父母 父:大伴御行
兄弟 兄麻呂、古麻呂?、三依、三中
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大伴 三依(おおとも の みより)は、奈良時代の貴族・歌人。名は御依とも記される。大納言・大伴御行の子。官位は従四位下・出雲守。

経歴

天平元年(729年)頃に賀茂女王より贈られた和歌の内容から[1]、神亀年間から天平年間初頭にかけて大宰帥・大伴旅人と共に筑紫に赴いていたと想定される。聖武朝末の天平20年(748年)従五位下に叙爵。

孝謙朝では主税頭・三河守などを務める。淳仁朝では仁部少輔・遠江守・義部大輔を歴任する一方で、天平宝字3年(759年)従五位上、天平神護元年(764年)正五位上と昇進している。

称徳朝に入ると天平神護2年(766年)出雲守に任ぜられて地方官に転ずる。宝亀元年(770年)光仁天皇の即位と共に従四位下に昇叙される。宝亀5年(774年)5月25日卒去。最終官位は散位従四位下。

『万葉集』に短歌4首が採録されている[2]。また、同集内に作品1首が収められている大伴三林[3]を三依と同一人物とする説もある[4]。

官歴

『続日本紀』による。

脚注

  1. ↑ 『万葉集』巻4-556
  2. ↑ 『万葉集』巻4-552,578,650,690
  3. ↑ 『万葉集』巻8-1434
  4. ↑ 『万葉集略解』『万葉集代匠記』

参考文献