江戸時代になると柳瀬川の渡河地にあたる大和田が宿場となった[1]。上宿・中宿・下宿によって構成されている。 宿場より南の現在の野火止交差点で引又街道(現在の志木街道)と交差しており、浦和・清瀬方面へも交通していた。
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