大植武士

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大植 武士(おおうえ たけし、1920年12月3日 - 1984年3月31日)は、日本の経営者。リコー社長を務めた。福井県出身[1]。

来歴・人物

1943年に神戸商科大学(現神戸大学)を卒業し、同年に湯浅電池に入社[1]。1964年11月にリコーに転じ、常務に就任し、1968年5月に専務を経て、1976年10月に社長に就任した[1]。

1984年3月31日、出張で福岡市に滞在中に心筋梗塞のために死去[2]。63歳没。

脚注

  1. 1 2 3 興信データ株式會社 1981, お118頁.
  2. ↑ 1984年 3月31日 日本経済新聞 夕刊 p7

参考文献

  • 興信データ株式會社『人事興信録 第31版 上』興信データ、1981年。 
先代
館林三喜男
リコー社長
1976年 - 1983年
次代
浜田広