大泉隆司

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大泉 隆司(おおいずみ たかし、1914年1月8日[1] - 没年不明)は、昭和時代の大相撲力士。出羽海部屋→武隈部屋所属[2]。本名は真光 弁[1][2]。最高位は十両15枚目[1][2]。

経歴

大阪府岸和田市出身[1][2]。1932年2月、「眞光」の四股名で初土俵を踏む。元両國の武隈が部屋を出羽海部屋から独立した際に移籍した。1942年5月に十両に昇進[1][2]、四股名も「大和泉」から「大泉」に改めた。この場所6勝9敗と負け越し、幕下に落ちた。1年後の1943年5月に廃業した[1][2]。

改名

真光→大和泉→大泉[1][2]

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 『大相撲星取大鑑』昭和編第1巻、180頁。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 『昭和の大相撲 資料編』 313頁。

参考文献

  • 小池謙二『大相撲星取大鑑』昭和編第1巻、医聖社、1986年
  • 昭和の大相撲刊行委員会/編『昭和の大相撲 資料編』TBSブリタニカ、1989年

関連項目