天羽民雄
生涯
中国ハルビン生まれ。東京大学法学部卒業後、外務省に入り数々の要職を歴任。ジョージタウン大学で学び外務省情報文化局長、駐ユーゴスラヴィア兼アルバニア大使、関西等担当特命全権大使を経て退官後、青山学院大学国際政治経済学部教授を務めた[1]。
土山實男は同学部の特色として、学者以外に外交官や国際ジャーナリストを多く教員に迎えてきたと述べ、その一人に天羽の名を挙げている[2]。また、政治学的にはリアリズムの立場を取っていたと指摘している[2]。なお、『青山国際政経論集』33号(1995年)は「天羽民雄教授追悼号」となっている[3]。
家族
著書
- 『バルカンの余映:東西南北の接点ユーゴ・アルバニアの実相』恒文社、1988年。ISBN 4-7704-0680-0
- 『多国間外交論:国連外交の実相』PMC出版、1990年。ISBN 4-89368-016-1
- 『日本国利論:日本の運命を見すえる警世の一冊!』講談社、1991年。ISBN 4-06-204949-X
- 『最後の提言:外交・世界・日本』河出書房新社、1995年。ISBN 4-309-90134-4
脚注
- ↑ "この本の内容〉著者〉天羽民雄." - 河出書房新社公式サイト(『最後の提言』). 2024年9月8日閲覧。
- 1 2 土山實男(2019)37頁。
- ↑ "天羽民雄教授略歴 (天羽民雄教授追悼号)."CiNii Research『青山国際政経論集』. 2024年9月8日閲覧。
- ↑ 土山實男(2019)41頁。
参考文献
- 土山實男「〈最終講義〉リアリズム国際政治と日本」『青山国際政経論集』(青山学院大学)103号、2019年、3-44頁。