太田利三郎

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太田 利三郎(おおた りさぶろう、1901年3月7日 - 1992年4月9日)は、日本の銀行家、経営者。孫はジャーナリストの太田泰彦。

経歴

広島県広島市出身[1]。1925年に東京帝国大学経済学部経済学科を卒業し、同年に日本銀行に入行し、1947年に理事に就任した[1]。1951年4月に日本開発銀行副総裁に就任し、1957年4月から1963年までに総裁を務めた[1]。1964年3月から1967年3月までに日本鉄道建設公団総裁を務め、1967年8月から1977年2月までに日本自動車販売協会連合会会長を務めた[1]。1971年5月から1988年6月までに近畿日本鉄道取締役も務めた[2]。

1971年11月に勲一等瑞宝章を受章した[1]。

1992年4月9日心不全のために死去[3]。91歳没。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 人事興信所 1987, お70頁.
  2. ↑ 近畿日本鉄道 100年のあゆみ p626、p627
  3. ↑ 1992年 4月10日 日本経済新聞 朝刊 p35

参考文献

  • 人事興信所 編『人事興信録 第34版 上』人事興信所、1987年。