太田垣貴美

ウィキペディアから、無料の百科事典

太田垣 貴美(おおたがき たかみ、1924年1月19日 - 1991年11月12日)は、日本の経営者。北大阪急行電鉄社長を務めた。兵庫県城崎郡城崎町(現在の豊岡市)出身[1]。

経歴

1946年に早稲田大学理工学部電気工学科を卒業し、1948年4月に京阪神急行電鉄(現在の阪急電鉄)に入社[1]。1967年11月に北大阪急行電鉄に出向し、取締役、常務、専務を経て、1980年6月に社長に就任[1]。

1988年4月に藍綬褒章を受章[1]。

1991年11月12日に死去[2]。67歳没。

脚注

  1. 1 2 3 4 人事興信所 1991, お281頁.
  2. ↑ 1991年 11月30日 日経産業新聞 p11

参考文献

  • 人事興信所 編『人事興信録 第36版 上』人事興信所、1991年。