奥寺 敬(おくでら ひろし、1955年10月 - )は、日本の医学者。専門は、救急医学・集中治療医学・脳神経外科学・危機管理学。学位は、博士(医学)。
中部国際医療センター救急部門集中治療部部長。富山大学名誉教授、福島県立医科大学特任教授。
信州大学医学部医学科卒業後、同大学脳神経外科学教室初代教授杉田虔一郎に師事、脳神経外科手術、手術機器開発として手術室用CTシステム、開頭術中赤外線画像計測等を開発、同時期に研修会やセミナーの創設・運営を学ぶ。『開頭手術用定位脳手術装置の開発』で学位(博士)(指導教授は同教室第二代教授小林茂昭)。
信州大学医学部附属病院救急部教官当時、1994年6月の松本サリン事件を医療サイドで経験、自宅は現場の至近であり被災地域でもある[1][2][3]。この事件を契機として救急・災害医学の研究に着手。サリンが神経ガスであることより神経蘇生、神経救急集中治療学などの概念を考案。1995年、日本医師会最高優功賞を受賞。またこの神経ガステロへの対応経験が評価され、1998年長野市開催の第18回長野オリンピック冬季競技大会の医療救護ディレクターに指名された。長野オリンピックの前大会である1996年アトランタオリンピックの医療救護の現地視察に派遣され[4]、現地でFEMAやCDCのオリンピック医療への参画、トリアージの運用と、医師スタッフ採用基準であった二次心肺蘇生法(ACLS)などに触発され、第18回長野オリンピック冬季競技大会の医療救護ディレクターとして大会運営にあたり、直後より災害医療の研究に着手する契機となった。1998年国際オリンピック委員会(IOC:International Olympic Committee)よりオリンピック功労賞(Olympic Merit)を受賞した。(2003年富山県下救急救命士会 特別講演「富山医科薬科大学、救急・災害医学講座のめざすもの」より)
以下の学会を会長、世話人として主催
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