孫璠

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孫 璠(そん はん、? - 318年)は、中国の三国時代・西晋・東晋の人物。呉の最後の皇帝孫晧の子。揚州呉郡富春県の人[1]。

事績

史書上における孫璠の事績は、東晋の時代に当たる大興元年(318年)11月、「故帰命侯孫皓の子孫璠が謀反を起こしたが、伏誅[2]した」[3]ことしか伝わらない。

『晋書』王濬伝には、孫皓が皇太子孫瑾ら21人を伴って西晋の王濬に降伏したこと、『三国志』孫皓伝には、孫皓の皇子の諸王は郎中に任じられたことが記述されており、孫璠もこの中に含まれていたことは推察される。

脚注

  1. ↑ 『三国志』呉書 孫堅伝記載、先祖の孫堅の本貫。
  2. ↑ 処罰されること。伏誅(ふくちゅう)とは? 意味や使い方 - コトバンク 2024-02-02閲覧
  3. ↑ 『晋書』元帝紀 s:zh:晉書/卷006#大興元年